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自然の変化に素直に従うことの大切さ
名前: kawahiyo
[2008/08/13,10:05:05] No.3125 (219.107.74.7)
しまぢろうさんおはようございます
いやいや、そういうことを重要視することが趣味人であるかどうかの基準にはならないと私は考えております。私にとって「趣味人」は「洒脱さ」を含み、「洒脱さ」は何ものにもとらわれ過ぎない、自由、という意味を含みます。遊び心はただ単に枠組みを追従するだけでは出てこない。自分の気持ちに素直になって被写体を見つめたとき、そこに出てくる「おもしろさ」をどう写真という形にできるかを試行錯誤する中で出てくるものだと私は思います。
私は科学系の人間なので、客観的観察を好みます。目の前にある自然ありのまま(もちろん人間も自然物であり、含みます)を自ら観察することで季節を感じ、愉しみます。また、気象学的には季節変化は連続体であって、太陽と地球と月の位置関係によって成立した二十四節気は本当の季節変化に対する単なる近似であり目安なんですよね。実際二十四節気中、現実の節目としてはっきり定義できるのは太陽の位置に関する節気である二至二分のみであり、元々「節気」はこの4つの節目から始まったというのが定説となっていますね(こうして枠組みをただ単に盲信するのではなく、その本来の意味をひもといていくことも面白いですよ、これも「遊び心」につながると思います、笑)。そして、当然ですが現実の季節変化の時期は毎年変わるわけです。今年は梅雨が大変短かったですね。あてがわれた形式は便利ですが、とらわれ過ぎると遊び心を失う。自らの五感+第六感でじかに感じ取ることこそ、季節を織り込んだ遊び心のあるよい写真をとるための第一歩だと思いますよ、自分の感覚を信じることです(^o^)
現実的に今は7月から連続している「大暑」の真っ只中、天気を見る限り本当の「立秋」を感じられるのはもうしばらくたってからでしょうね。入道雲はむくむくと沸いてきますし、クマゼミも元気いっぱいです。形式は大事だし便利ですが、それにとらわれ過ぎることなく、自分の感覚で感じた瞬間に写真を撮る、それを大切にしたいと常々思います。
いつもながらくどくどとうるさいことを書いて申し訳ありません、悪いクセです(自爆)スレ主のにわいしさん、誠に申し訳ありませんでしたm( )m
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